ぼらんてぃあ通信, 月刊通信

見えるもの、見えないもの

視覚障害者

古典落語に『心眼(しんがん)』という演目があります。主人公は按摩の仕事をしている全盲の男で、目の病気にご利益があると評判の薬師様に毎日お参りをしたところ、奇跡的に目が見えるようになります。しかし、見えるようになったがゆえに、今まで献身的に自分を支えてくれていた妻が実は醜い容姿だったことを知って落胆したばかりか、仕事のお得意様であった若く美しい芸者に想いを打ち明けられて心が揺らいでしまいます。夫を心配して様子を見に来ていたために一部始終を目撃した妻はその場に割り込み、悔しさのあまり夫の首に手をかけて…というところで男は妻に起こされ、この一連の出来事が全て自分が寝ている間の夢だったと知る、という話です。

さて、人間が五感から得る情報のうち、8割以上は視覚からのものだといわれています。私は仕事上で目の不自由な方とお会いする機会がありますが、こちらがメモを取らないと覚えられないような話の内容を正確に記憶していたり、触っただけで硬貨や紙幣の金額をすぐに判別している様子にしばしば驚かされます。その度に、目が不自由な方は晴眼者とはまた違った形で世界が『見えて』いるのだなと感じます。

とはいえ、やはり視覚からでないと情報を得づらい場面もまだまだありますので、そんな時は他の人の助けが必要不可欠です。ボランティアセンターでは、音訳や点訳、ガイドヘルプなど、目の不自由な方の情報取得をお手伝いするボランティアを複数ご紹介していますので、ご興味のある方はぜひお気軽にお問い合わせください。